はじめまして、ゆらりと申します。
36歳で12年付き合った彼と別れ、5か月後に新しい恋を経て結婚。そして38歳で母になりました。
「不倫からの恋」「再出発の恋」「妊娠・出産」「親との別れ」
いろんなことが重なったこの数年を、少しずつ言葉にして綴っています。
振り返れば、大変だったけど、全部が今につながっていた。
この連載が、今迷っている誰かの心に、そっと寄り添えたら嬉しいです
第1章から順番にお読みいただけたら幸いです。
第1章:彼と出会った日、私はまだ知らなかった
12年付き合った彼と別れて夫と5か月で結婚しました。
我ながらなかなかのスピード感だと思います。
でもそこに至るまではーーちょっと笑えない12年がありました。
彼との出会いは、職場でした
周りの空気を読んで、時には先回りして動けるような人。
上司という立場だった事もあって自然とみんなを引っ張っていくようなリーダー気質の人でした。
彼は新人で入社した私の指導係をしてくれていました。
慣れない環境の中優しく指導してくれたり他のスタッフと打ち解けられるように取り持ってくれたり
面倒見の良い上司でした。
ただの遊びのはずが、2人きりになっていた
職場のスタッフみんなで遊びに行く予定が気が付けば都合が合わなくなって、ふたりきになっていた。
最初は「まぁ、仕方ないね」なんて笑いながらもどこかでこれは、ちょっとした”デート”のような時間になるんじゃないかと感じていたと思う。
その日を境に、自然な流れで付き合うことになった。
私の中では、いろんなことが”タイミング”だった。
自然すぎてなにかを疑う理由もなかった。
##彼に家庭があると知ったのは、別の人の口からでした。
彼が既婚者だという事実を知ったのは、彼の口からではなかった。
「奥さん。もうすぐ出産らしいよ」
そんな話を他のスタッフが何気なく話しているのを耳にした。
一瞬時間が止まったようだった。
私は、彼のことを何も知らなかったんだとその時気づいた。
でも…だからと言ってすぐに「終わりに」にできるほど私は冷静ではいられなかった。
「終わりにしないと」
そう思っていたし、わかっていたはずなのにそれでも”好き”の気持ちの方が勝ってしまった。
最低だ・・・。
彼のことを知れば知るほど「いい人」と思ってしまって・・・
今思えばどこかで私は”特別扱いされている彼女ポジション”に酔っていたのかもしれない。
奥さんの存在は見えないから比べる相手がいなかった。
だから私は、自分が”一番”だと思い込んでいた。
・・・いや、思い込みたかっただけなのかも。
今思えば、あの頃の私は
「私が彼を変えられるかもしれない」
「私だけは特別だから」
そんな都合のいいヒロインポジションを勝手に演じていたのだと思う。
いやもう、冷静に見れば完全に脇役。
なのに何故か自分は主演だと思い込んでいたあの頃の私・・・
1回時間を戻して説教しに行きたい。
でもね不思議とその時の私は幸せだった。
”選ばれてない”ことより”選ばれてる気がしてる”ことのほうが大事だったんだと思う。
ディズニー旅行のあと現実が動き始めた。
夢の国から帰ってきた後、現実は容赦なかった。
奥さんにバレてしまった。
きっかけは、彼のスマホだったのか言動だったのか詳しいことはわからないけれど
それまでの”秘密の時間”は、あっけなく終わった。
彼は仕事も失い、家庭にも居場所をなくし私のところにだけ居場所を求めるようになった。
最初は私にも責任があるから「守らないと」「支えないと」なんて思っていた。
気づけば私は”支える彼女”から”逃げられない存在”になっていた。
束縛、暴言、そしてお金。
恋が愛じゃなくなっていく瞬間をわたしは毎日少しずつ体験していた。
##最初は「怒っているだけ」だと思ってた
最初に彼が私に手を挙げたのは、ほんの些細なことで言い合いになった夜だった。
お酒が入っていたし彼の精神状態も限界だったのかもしれない。
「今のは事故みたいなもんだよ」って自分に言い聞かせて見なかったことにした。
あの時の私は「怒っているだけ」「ストレスのはけ口なだけ」「家庭を壊した私が悪い」
勝手に理由をつけて被害者ぶるのが怖かった。
被害者になる=彼を”加害者”にしなきゃいけないことが怖かったんだと思う。
お金を貸すようになった頃、私は”彼女”じゃなくなっていた
最初は、彼の携帯代。
次は家賃。
気づけば私は毎月いくらお金を出してるのか自分でもよくわからなくなってた。
「返すから」「ごめん」「今だけ」
その言葉を信じたわけじゃない。
でも信じるしかなかった。
信じたふりでもしなきゃ”私がバカだった”ってことになるから。
それでも私は彼を選んでいた
友達には、言えなかった。
親にも話せなかった。
誰かに相談したらきっと「早く別れなよ」って言われるのが目に見えていたから。
わかってたよ。
こんな関係幸せじゃない。
でも彼がいない毎日が”もっと怖かった”。
それに彼は「ちゃんとする」「嫁と別れて一緒になる」そう言ってくれてるから
私も支えなきゃ!家庭を壊したんだからこれくらい我慢しなきゃ!とバカな考えを持っていた。
その頃から彼の束縛がひどくなり
今思えば共依存の関係が出来上がっていった。
愛されてるのか、支配されてるのか、わからなくなっていた
奥さんにバレてから5年たった頃彼と奥さんの離婚が成立した。
それと同時期に彼からの束縛、DVがさらにひどくなった。
電話にすぐに出なかったら「誰といるの?」
仕事が長引いても「本当は他の男と会ってたんだろ?」って疑われた。
当然職場の飲み会なども参加できずいつも職場で気まずい思いをしていた。
気づけば私は彼を怒らせないように言葉を選ぶ毎日を送っていた。
少しでも不信感があると殴られた。
それも顔がボクサーの試合後のようにパンパンになるまで・・・
時には白いブラウスが真っ赤に血で染まってしまうくらい・・・
それでもバカな私は自分が悪いと思っていた。
今思うとこの頃の私は、彼は正しい、彼の言う通りにすればなんでもうまくいくと洗脳状態だった。
この時に気がついて離れていればよかったのに・・・
誰かに言えばきっとこう言われる。
「なんでそんな人とまだいるの?」
でも、それを言われるのが一番つらかった。
だって私も自分でよくわかってたから。
「彼はつらい状況にいる」「私がいなきゃダメなんだ」
そうやって自分に言い聞かせてた。
今思えばそれは”愛”というより”執着”とか”共依存”ってやつだったのかもしれないけど
当時の私は、それが「愛し続ける強さ」だと信じていた。
・・・いや、正確には「そう思い込んでないと耐えられなかった」だけなんだけどね。
でも、どこかで気づいてた。
これって「愛」じゃないよなって。
ただ、あの頃の私は「幸せになる資格がない」って思い込んでいたから、
誰かに大事にされる未来なんて想像すらできなかった。
何かを我慢することが「愛」だと思ってたし、
耐えることが「強さ」だと思ってた。
でも実際は、弱さを正当化するために“強がって”ただけだったのかもしれない。
今思えばあれだけしんどかったのに、
「でも、たまに優しいときあるし…」とか
「今日怒られなかった!ラッキー!」みたいな
小さな”ご褒美”に全力で喜んでた自分、ほんと涙ぐましい。
友達に話したらたぶん引かれるから、
「そんなことないよ〜」って笑って流してたけど、
本当は心のどこかでずっと、
「これ、いつまで続くんだろう」って怯えてた。
でも、すぐに別れられなかった理由はただ一つ。
“ひとりになるのが怖かった。”
束縛やDVの渦中にあったけど、なぜか“私だけは彼を救える”って思ってた。
「もう無理だと思った出来事」
気づいていた。
最初のうちは「まぁ人間だから不安にもなるよね」とか「私がもう少し気をつければ」と思っていたけど、
気づけば、**“怒らせないように生きる”**のが日常になっていた。
私は少しずつ、「この人となら大丈夫」と思えるようになっていった。
LINEの返信が3分遅れただけで「浮気?」って言われたり、着信が全て彼で埋まってしまうくらい電話がかかってきた。
職場の飲み会は絶対ダメ。
彼との食事で食べに行ったお店の男性スタッフの人に少し話しかけただけでヘラヘラするなと怒られる。
なんで私、付き合ってるのにずっと取り調べ受けてるの?って。
しかも無実なのに、毎日が“有罪”みたいだった。
「なんか変だな」と思いながらも、それを“変”だって認めるのが怖かった。
“これを変だと思ったら全部が崩れる”ってどこかでわかってたから。
でも、小さな違和感って気づかないふりしてると
ある日まとめてドカンと来る。
その日は、そう遠くなかった――。
会社ですごくお世話になった人が退職されるので送別会が開かれることになった。
当然皆んな参加する。
私だけ不参加というのも気まずい
何よりお世話になった方なので参加したい気持ちの方が大きかった。
彼の機嫌の良い時を見計らって何日も前から送別会に参加したい事を伝えていた。
当然はじめはダメの一点張りだったけど何度もお願いする私に根負けしたのか許してくれた。
その条件が「ちゃんと頭使って考え行動しろ」「送別会の場所を教える」と言う約束だった。
許してもらえたことにテンションが上がって送別会の日がくるのが待ち遠しかった。
当時、さぁ送別会がはじまり乾杯のタイミングで彼から着信があった…
マナーとして電話に出なかったら絶え間なく電話がかかってきた。
乾杯が終わりひとまず落ち着いたところで席を立ちすぐに彼に掛け直した。
その時もう彼の怒りがマックスで第一声に「どこにおんねん!?お前調子のんなよ!!」と暴言を吐かれ
これはやばい…と思い経緯を説明するも全く聞き入れてくれないとにかくまた送別会が終わったら連絡すると言い席に戻った。
しばらくするとなんだかザワザワお店の入り口から人の声が聞こえてきた。
なんだろうと見るとなんと彼がそこに立ってた!!
私を見つけるなり怒鳴りながら私の髪の毛を引っ張り外に連れ出された。
「会社の人の前でやめて!」と言っても全く聞かずそのまま車に乗せられ家に着くなり私の話も聞かず顔面を何発も殴られた。
顔全体腫れ上がり涙と血でグチャグチャ。
そんな姿を見て彼も我に返ったのか
その後はよくあるDV男の態度でとても優しくなってやりすぎたと反省した。
ひとまず仲直りすることにした。
「もう無理かも」とこの頃から彼との別れも考えるようになった。
だけどこの時私の年齢は29歳。
友人もどんどん結婚して子供も生まれて幸せになっていく。
そんなの目にしたら焦らずにはいられない。
こんな彼でも本当は優しいしずっと一緒にいた時間が無駄になる。
なんといっても彼は離婚までしたのに今更別れるなんて無理。
それに今別れ話なんてしたらどんなことになるか…
想像しただけで怖くなってしまった。
30歳目前、焦りの中で検索した『不倫からの結婚』
あの日の出来事のあと会社にいるのがつらくなって結局退職することにした。
転職先に選んだのは、前から興味があったアイリストの仕事。
女性ばかりの職場だったから、彼も安心したのか少しだけ精神的に落ち着いていった。
私はといえば、とにかく「結婚したい」の一心。
あれだけ耐えて努力したんだから、そろそろ報われてもいい頃でしょ?
そんな気持ちで、彼からのプロポーズをずっと待っていた。
でも現実は、そんなに甘くなかった。
彼のご両親は、不倫で始まった私たちの関係を知っていた。
許してもらえるはずもなく、彼はなかなか結婚に踏み出してくれない。
口では「最悪、親と縁を切ってでも」なんて言うけど、具体的な行動はゼロ。
だんだんその言葉にも嫌気がさしてきた。
私はもうすぐ30歳。
それなのに、結婚の「け」の字も見えない現実に、焦りは募るばかり。
夜な夜なスマホで
「不倫からの結婚 方法」
「親に反対されても結婚するには」
なんて検索しては、ちょっとでも希望が見えそうな記事を漁ってた。
時には占いに行って彼と結婚できるか見てもらったり。
SNSの記事で同じような境遇の人の話をみたりして
いた。
それだけ検索してると不倫からの結婚に成功してる人もいた。
そこには成功の秘訣として「彼を信じてとにかく待つ事」など書かれていた。
単純な私は自分に取って都合の良い話を間に受けてひたすら待ち続けていた。
この頃の数年間は結婚の焦りから彼に半狂乱になって攻め立てたりもしてどんどん嫌な女になってた。
35歳、ようやく気づいた“結婚”の本当の意味
35歳のころいつものように結婚できる方法を探していた。
「12年付き合って結婚」とかで検索していたら
「付き合いが長いカップルほど結婚が遠い」と言うのをみた。
「ずっと付き合ってる彼がいるから結婚できると思ってない?」
「そんな人が1番結婚が遠いよ!」
って書かれてた。
あっ!これ私の事だ!
なんか凄く突き刺さった!
確かにそうだ!私、彼がいるから安心してたけどこの人結婚するする詐欺で何にも変わらない。
それにこんな高圧的ですぐキレる人と一緒になって将来子供が生まれても子供の安全が守れるかも不安になった。
そもそも子供も作りたいと思ってくれてるのか?
なんだか結婚がゴールみたいに考えてた自分に初めて気がついた!
彼に結婚したら私と子供を作る気ある?と聞いてみた…
なんと「そんなの結婚してもまだまだ先の話」と言われ彼と私の結婚に対しての考えのすれ違いが明確になった。
「ようやく目が覚めはじめた瞬間」
その瞬間、心の中で何かがパチンと音を立てて弾けた気がした。
12年も一緒にいたのに、私たちは結婚どころか「未来」について同じ方向を見てすらいなかったんだって。
彼は“まだまだ先”って言ったけど、私は“今すぐにでも”だった。
35歳になる女によくもそんな事言えるなとさえ思った。
今までの私は、結婚さえできればすべてが報われると思い込んでた。
でも、その「結婚」が、彼とじゃなきゃいけない理由ってなんだったんだろう?
「ついに別れを決意した瞬間」
「子供は結婚してもまだまだ先の話」
その言葉を聞いた瞬間、12年分の感情が一気に冷めていくのを感じた。
私はこの人と何を築いてきたんだろう?
“信じて待つ”を正解にしたくて、自分に都合のいい言葉ばかり信じてきた。
でも本当はずっとわかってたのかもしれない。
この人は私と未来を描く気なんて、最初からなかったって。
子どもを育てるなんて話をしたら、真っ先に不機嫌になる。
思いやりや覚悟じゃなく、“自分の都合”しか考えてないその態度に、ようやく目が覚めた。
私はただ、結婚がしたかったわけじゃない。
安心できる場所が欲しかっただけ。
その場所が「彼との結婚」じゃないなら、
私はもう、そこにしがみつく意味はないと思った。
「別れの実行」
もう、決めた。
あの日の私はそう心の中でつぶやいてた。
でも実際に「別れよう」と口にするまでには、まだ少し時間がかかった。
なにせ12年。
良くも悪くも私の人生の大部分を占めた存在だったから。
それに、あの人がどんな反応をするか…容易に想像できた。
きっと怒鳴る、暴れる、泣く、すがる、脅す。
そして最後は「そんなに俺が悪いのか」と、被害者ぶる。
面倒くさい。けど、それでも終わらせなきゃと思った。
だから私は、あえてLINEで別れを伝えた。
対面じゃ怖くて言えなかったし、何をされるかわからなかったから。
送信ボタンを押すまでに1時間以上かかった。
でも、押した。
「いままでありがとう。もう限界です。別れたいです。」
返事は案の定、“大荒れ”。
「お前ふざけんなよ」
「今さら何言ってんねん」
「全部お前のせいやろ」
「俺がどれだけお前のために…!」
…はいはい、って心の中で冷めた声の自分がいた。
なのに、スマホの通知が鳴るたびにビクッとしてしまう自分もいた。
怖さと解放感がぐちゃぐちゃに混ざった、あの数日間。
でもどこかで、「終われた」って思ってた。
本当に、やっと。
「別れた後の私」
別れた直後、最初に感じたのは「寂しさ」ではなく
とにかくスッキリして安心している自分がいた。
毎日のように怒鳴られたり、問い詰められたり、
「今どこ?」「誰といた?」なんてLINEが来ることもなくなった。
心に穴が空いた…というより、長く張り詰めていた糸が切れたような感覚だった。
でもその静けさに慣れるのにも、少し時間がかかった。
ふとした瞬間、泣きそうになることもあったし、
街中でカップルを見ると、置いていかれた気がした。
だけど、その時の感情は寂しさとかより長い時間を使ってしまったことへの悔しさが大きかった。
日が経つにつれて「これが、自由ってやつか」
そう思える瞬間も、少しずつ増えていったことで
「なんか最近いい事ありました?」と声をかけてもらうことも多くなっていた。
それくらい解放的な顔をしていたんだと思う。
誰にも気を遣わずに夜ごはんを食べられること。
好きな服を着て出かけられること。
友達と電話して笑えること。
こんな当たり前のことが、
なんで私は、ずっとできなかったんだろう。
12年分の“我慢”を手放すのには時間がかかったけどでも、私はたしかに一歩前に進んでいた。
次回:「プロポーズから入籍・結婚生活編」へ続きます