第3章:36歳で再スタート、38歳で母になるまでのリアル

36歳からの再スタート

旦那さんは44歳、私は36歳。

結婚式は派手なものにはせず、新婚旅行をかねてハワイでふたりだけの挙式をした。

誰に気を遣うこともなく、ただシンプルに、私たちらしく。

海をバックに写真を撮って、笑って。心から「幸せだな」と思えた瞬間だった。

日本に戻って、少し落ち着いた頃——

ふと頭によぎったのは、やっぱり「子どものこと」だった。

彼はもともと子どもがすごく好き、というタイプではなかった。

妊活の話題を出しても、どこか気が進まないような空気を感じていた。

でも私は、結婚を決めたときにちゃんと伝えていた。

「私は絶対に子どもが欲しい。

 その気がないなら、一緒にはいられない。」

冷たいように聞こえるかもしれないけど、それくらい私にとっては“譲れないこと”だった。

もちろん、自分がもう若くないこともわかってる。

だからこそ、いつまでも“様子を見る”という選択肢はなかった。

モヤモヤしている時間ももったいない。

勇気を出して、ある日彼に聞いてみた。

「ねえ…子どものこと、どう思ってる?」

「妊活の始まり」

「子どもはどっちでもいいやん。ゆっくり考えていこう」

「夫婦ふたりでも、十分幸せやと思うよ」

彼から返ってきたのは、そんな言葉だった。

たしかに優しい。

でも、私にはちょっと…いや、かなりつらかった。

私はもう、“どうしたいか”決まっていた。

絶対に子どもがほしい。

だから結婚前にも伝えていた。

「子どもを望まないなら、一緒にはいられない」って。

でも、彼はまだそこまで現実的に考えられていないようだった。

このズレって、かなり大きい…。

このまま彼のペースに合わせていたら、

自然妊娠が難しかった時に不妊治療に踏み切るタイミングも遅くなるかもしれない。

「もしかしたら、子どもを持てないまま終わるかも」

そんな不安がじわじわ押し寄せてきた。

焦ってる自分もわかってた。

でも、それでも私は「今しかない」って思ってた。

ここで我慢したら、絶対に後悔する。

だから、もう一度ちゃんと向き合うことにした。

「2人の将来のことだから、ちゃんと話し合おう」

「本当はこんなふうに急かすのはしたくないけど、私の年齢を考えるともう時間がないの」

「“そのうち考えよう”じゃなくて、“今”一緒に向き合ってほしい」

そう伝えると、彼はしっかり受け止めてくれた。

「まずは、ゆっくり始めてみようか」

「すぐできるかもしれないし、できにくいかもしれない」

「軽く妊活、してみよう」

完全に同じ温度ではなかったかもしれない。

でも、ちゃんと同じ方向を見てくれた。

そのことが、何よりうれしかった。

妊娠発覚の瞬間

まずは、ちゃんと基礎体温を測ることから始めた。

排卵のタイミングを見ながら、自然にできれば…と思ってチャレンジ。

何ヶ月か頑張ったけど、なかなか妊娠には至らなかった。

最初は「1年はゆっくり妊活しよう」って思ってたから、焦りはなかった。

でも、思うようにいかないと、だんだん気持ちに余裕がなくなってきた。

毎日毎日、ネットで「妊活 タイミング」「妊娠初期 兆候」「何ヶ月でできた」なんて調べまくっていた。

「やっぱり病院に行った方がいいのかな…」

そんなことをぼんやり考えはじめていた頃だった。

生理予定日が近づいてきて、

「どうせまた来るんだろうな…」と、ちょっとあきらめモード。

でも、基礎体温だけは欠かさず測っていて、ふと気づいた。

「あれ…なんか高温期、続いてる?」

まさかと思って、生理予定日から3日後に、ちょっと早いけどフライング検査。

すると、そこには――

陽性のライン。

「えっ!?……妊娠してる!?」

嬉しすぎて、1人で家で小さく叫んだ。

本当は、ちゃんと1週間後に再検査してから伝えようと思ってたのに、

その日、家に帰ってきた旦那さんに、すぐ言っちゃった。

「…あのね、できたかも」

彼はちょっとびっくりした顔をして、

「えっ!?ついに!?そっかそっかー」って。

正直、もう少し感動的なリアクションを期待してた自分もいたけど(笑)、

まあ、実際ってこんなもんかもなぁって、ちょっと冷静に思った。

それでも、やっぱりうれしかった。

本格的に妊活を始めて半年。

まさか自然妊娠できるなんて!

嬉しくて、嬉しくて、心の中では飛び跳ねてた。

それでも、前を向くということ

妊娠検査薬で陽性が出てから、少し経って産婦人科を受診した。

ちゃんと正常に妊娠できているか、心拍は確認できるか。

不安と期待が入り混じった気持ちで、診察室に入った。

先生はやさしく、穏やかに言ってくれた。

「ちゃんと赤ちゃん来てくれましたよ。心臓も動いてます。順調ですね」

その言葉に、心からホッとした。

モニターの中で、小さな命がピクピク動いている。

「あぁ、本当に私のお腹にいるんだ」

ようやくその瞬間、実感が湧いてきた。

エコー写真をもらって、旦那さんにも見せたらとても喜んでくれた。

彼もこの時、やっと少し実感が湧いたんじゃないかなと思う。

この頃はちょうど、コロナが流行り始めた時期。

仕事も最小人数で回すことになり、ゴールデンウィーク前で毎日バタバタしていた。

そんなある日。

身体がなんとなくだるくて、トイレに行くと、少し出血していた。

ざわっ…と、胸騒ぎがした。

出産経験のある妹に相談すると、「不安ならすぐ病院行ったほうがいいよ」と言ってくれて、

急いで、いつもの病院ではなく救急で診てくれる別の病院へ行くことにした。

旦那さんも一緒に来てくれたけど、コロナで院内には入れず、

私はひとりで診察を受けることになった。

待合室でひとり。

胸の中がぐるぐるして、落ち着かなくて、でも希望も少しだけあった。

診察室へ呼ばれ、先生に状況を説明すると、すぐにエコーをしてくれた。

画面に映る赤ちゃんを見た瞬間、

素人の私でもわかった。

「……大きくなってない。」

1週間前とは、明らかに違っていた。

そして先生が、ゆっくりと話してくれた。

「初めての診察で、申し訳ないのですが……

 赤ちゃんの心拍が、確認できませんでした。

 今回は、残念だけど……」

言葉を聞いた瞬間、頭が真っ白になった。

先生がその後、処置のことなどを話してくれたけど、何も入ってこなかった。

やっと出せた私の言葉は、

「こちらこそ、すみませんでした。

 ありがとうございました。

 今はちょっと、冷静に考えられないので…持ち帰らせてください」

それだけが精一杯だった。

会計を済ませて、外に出て、旦那さんが待っている車に乗り込んだ瞬間。

ずっとこらえていたものが一気に溢れた。

「ごめん。ごめんなさい……

 赤ちゃん、ダメだったみたい……」

子どものように泣きじゃくる私を、

旦那さんは何も言わず、ただ強く抱きしめてくれた。

「大丈夫。大丈夫だよ」

そう言って、背中をなでてくれた。

その言葉に、どれだけ救われたかは、きっと一生忘れない。

ゴールデンウィークが明けてから、

改めて、いつも通っている産婦人科に受診することになった。

先生にこれまでの経緯を話すと、

「もう一度、申し訳ないけど赤ちゃん見させてもらうね」

と、やさしく言ってくれた。

エコーを当てながら、いつもより長く、丁寧に時間をかけて赤ちゃんを診てくれた。

もしかして…

もしかしたら、心拍が戻ってるんじゃないか。

そんな奇跡を、ほんの少しだけ期待してしまった。

でも先生は、やわらかく、でもはっきりと伝えてくれた。

「やっぱり赤ちゃん、頑張ってくれてたけど……今回は残念だったね。

 お母さん、よく頑張ったね。

 でもね、ちゃんと妊娠できるってことだよ。

 初期の流産は、お母さんのせいじゃなくて、赤ちゃん側の問題だから。

 どうか、自分を責めたりしないでね」

涙が出そうだった。

「そっか……やっぱり、ダメだったか」

「赤ちゃん、会いたかったな」

ショックはまだ大きくて、頭の中がうまく整理できなかった。

でも、その時先生が言ってくれた言葉が、心に残った。

「ちゃんと妊娠できるってことだよ」

それは、あの時の私にとって、

“失った命”の悲しみをほんの少しだけ包んでくれる、希望の光だった。

そっか、私は――高齢出産になるかもしれないけれど、

それでもちゃんと“妊娠できる身体”なんだ。

そう思えたことで、少しだけ前を向けた気がした。

この経験は、きっと一生忘れない。

でも、私はもう一度、前を向いてみようと思う。

もう一度、赤ちゃんに会うために。

次回:「もう一度、赤ちゃんに会いたくて、父の病」へ続きます

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